失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)
戸部 良一 寺本 義也 鎌田 伸一 杉之尾 孝生 村井 友秀 野中 郁次郎
中央公論社
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組織論やマネジメント系の古典.太平洋戦争における日本の軍事作戦の失敗を分析して,日本の組織構造が持つ問題点を浮き彫りにした本書の価値は,現在においても色褪せていない.軍隊による戦争という特殊なケースを分析していると言えども,そこには人間が集まって何かを達成するという組織自体の本質的な要素が凝縮されており,それが戦争の勝敗という形で如実に表れている.「勝ちに不思議な勝ちあり,負けに不思議な負けなし」という言葉があるように,負けには不確定な要素では結論づけられない理由がある.それを組織論のアプローチから分析したのが,本書「失敗の本質」である.

分析対象となるのは,太平洋戦争において日本の戦況の分岐点となった6つの戦闘である.ノモンハン事件,ミッドウェー海戦,ガダルカナル作戦,インパール作戦,レイテ海戦,沖縄戦は,いずれも日本軍の最大級の戦闘であり,戦闘の相手国や戦闘場所,戦況,物資の補給状況などの状況はそれぞれ異なれど,組織論的に共通した問題点がある.こうした個々の作戦の概要が1章で述べられ,そこから総合的に分析した結果が2章,そして組織の構造や特性をもって日本の組織の考察が3章にまとめられている.

文庫版でも400ページ近くある本書は,普段触れる機会の無い戦争論や軍隊などの特殊なケースを扱っているということもあり,読み通すのにかなりの意志が必要になる.特に第1章は各論とも呼ぶべきもので,戦記をただひたすらに読み通す必要だった.誰々がどこどこの戦闘を指揮して,当時日本はどんな体制があって,それがどういう結果になって……という背景を把握しないことには,問題の洗い出しをすることができない.自分としてはここで若干挫けそうになったのだけれども,続く2章はそれまでの苦労が一気に吹っ飛ぶほどに興味深い内容が展開され,一気に読み進めることができた.それぞれの分析を統合して理論を作り上げていく過程で,誰しも感じる日本の組織のいびつさが科学的かつ論理的に実証されていくのは,実に爽快でかつ身につまされるものがある.組織的な問題点においては誰しもバックグラウンドがあると思うので,非常に読みやすい部分だと思う.適宜それぞれの戦闘の問題点と振り返りが行われるので,ある程度の知識がある人なら2章から読み始めても問題無いだろう.続く3章は2章をより一般化したような構成になっており,日本軍の教育方針や官僚制の特性などを踏まえた日米の違いなどに焦点が当てられる.ここまで読み進めると,組織のどこが悪いのかという個別の問題から,それが生じた原因とも言うべきものが見えてくる.痛感するとはまさにこの事と感じるほど,本書は冷静な分析がなされているように思う.

一方で,本書の分析には相対的な視点が結構多く,日本の失敗の原因を追求するために,アメリカの組織構造やトップの考え方をある意味理想としているところは若干気になるところ.敗者の敗者たる所以を勝者に求めることは当然の分析なのだけれども,必要以上に持ち上げているという点は否定できない.WW2以降のベトナム戦争やイラク戦争の有り様を見てきた現在においては,それが理想的なものではなかったこと,もしくは何らかの要因で機能しなかったことは明らかだ.本書においても,もう少し多様な組織との対峙によって多角的に評価できていればと思うのだけれども.「日本の」失敗の本質という意味では十分だ.いずれにせよ本書で語られる組織論的問題点が今なお顕著に残っている以上は,本書は価値を持ち続けるだろう.