火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)
アンディ・ウィアー
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火星の人〔新版〕(下) (ハヤカワ文庫SF)

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映画が日本で劇場公開される前に予習しておこうと思い,先に原作の方を読了.こういった映画化における原作と映画の関係性については特段気にしない人間なので,ただ今回は予告が公開されてから日本公開まで時間が空いて待ちきれなかったので先に読んでしまったという形だ.

小説を読んでなおかつ映画を見ていない段階で判断するに,これは小説を先駆けて読んでおいて良かったかなという気がする.映画トレイラーを見ても分かる通り,映像的な面で火星の壮大さであったり宇宙飛行士の宇宙服やら探査船やらのディティールはかなりのものだろうし,これはきっとリドリー・スコットがなんとかしてくれているのだろう.

一方でこのストーリーの本質には,取り残された人間が孤軍奮闘する様であったり,限られたリソースの中で創意工夫により不可能を可能にしていく様であったり,いわゆるジャンルとして古くからある無人島モノに近い要素で成り立っている.文章のほとんどは主人公の日記を火星に取り残された1日目からトレースする形で綴られており,直に主人公が頭のなかで考え感じたすべてのものを追う形で読み進めることになる.ああでもないこうでもないと試行錯誤しながら考える様は読んでいて非常に面白いし,そこにこそ映画ではシチュエーションの一つとして流されてしまいそうな知的興奮を味わう余地が残されていると感じる.特に,主人公のマーク・ワトニーという一人の人間が,その生命を維持するためそして生きて地球に帰るために必要な要素ひとつひとつを,どうやって手に入れるかを考え,必要量を概算し,計画を立て,そして問題を解決していくかという部分は本書前半で最も楽しい部分だ.リアリティについて考えだすときりがないとはいえ,小説として娯楽としてSFとして楽しむ文にはちょうどいい難しさや複雑さなんじゃないかと思う.個人的にはこのポイントが一番楽しめたかな.

というわけで映画も映画で良さそうだけれども,小説もまた違った意味で楽しめる要素があるのは間違いない.例えば文化祭の準備であろうがプラモデルを作る最中であろうが,何かに対して必死に作業をしたり夢中になっている時が後から考えて一番楽しいというのはよくあることだ.結末がわかっていようが筋道を映画で追っていようが,そういった途中を楽しむという醍醐味を味わえる小説だと思う.