概要

2026年3月14日、読売新聞が 「中国衛星が日本上空を10分に1回通過、自衛隊や米軍基地「監視」…「遥感」軌道を読売解析」 という記事を報じました。それによると、中国の偵察衛星「遥感(ヤオガン)」約160基のうち稼働中の約80基が、日本上空を約10分おきに通過し、横須賀基地周辺では1日約60回もの高頻度で通過しているとのことです。

中国衛星が日本上空を10分に1回通過、自衛隊や米軍基地「監視」…「遥感」軌道を読売解析
【読売新聞】 中国軍が偵察用に運用していると指摘される人工衛星群が、日本上空を約10分に1回通過し、自衛隊と米軍の基地周辺の上空では2時間に約10基が通過するなど、高頻度で周回していることが分かった。日本政府も衛星群の動きを把握して
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20260314-GYT1T00442/

この記事内で人工衛星の分析に公開データを用いたとあったので、同じような分析ができるのか私も試してみました。結論としては概ね近い結果が得られたとともにより詳細な状況が見えてきましたので、ソースコードを公開するとともに、具体的な数字の根拠や深堀りをしてみようと思います。

本記事の分析結果を簡単にまとめると、以下の通りです。

  • 読売新聞の報道内容に近い結果が、公開データおよび独自の分析から確認できた
  • 高頻度で通過する衛星の多くはELINT衛星であり、画像の撮像や地表を測定する光学衛星/SAR衛星の頻度はもっと低い
  • 上空の通過という事実から深堀りして衛星のセンサ種別ごとの撮像帯幅や視野角等を考慮した分析をしなければ、具体的な偵察衛星の影響力の評価ができない

ただし、本記事の分析は個人による試みであり、報道の専門家による分析とは手法・精度ともに異なります。分析上の間違いも含まれている可能性があることをご留意ください。また、この記事では軍事的および政治的な解釈は行いません。

今回分析に利用したソースコードは下記レポジトリで公開しています。

yagays/yaogan_tracker

Yaogan satellite pass frequency analysis over Japan

Python 0 0

遥感衛星

遥感シリーズの概要

遥感衛星(遥感卫星)は、中国の軍事偵察衛星とみられる観測衛星シリーズの呼称です。2006年に遥感衛星1号が打ち上げられて以降、複数の衛星が打ち上げられ、最も新しいものでは2025年11月に遥感50号が運用開始されています。CelesTrakで「YAOGAN」を検索すると2026年3月時点で177基の軌道要素が登録されており、ロケット残骸などのデブリを除くと165基が実体のある衛星です。

Yaogan - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Yaogan

試しにsatellitemap.spaceで遥感衛星のみを可視化すると、以下のようになります。

yaogan Constellation - 178 satellites | SatelliteMap.space
Track all 178 active yaogan satellites in real-time. Operated by China. Military communications. Live positions, launch history, and constellation analytics.
https://satellitemap.space/constellation/yaogan

遥感衛星コンステレーションの軌道可視化(satellitemap.space)

搭載センサ種別

遥感衛星が搭載しているセンサは主に3種類あります。

  • 光学: 高分解能の画像撮影を行う。よく目にする衛星画像がこれにあたる
  • SAR(合成開口レーダー): 衛星からマイクロ波を照射しその反射を観測することで、地上の構造を画像化する。光学と違って全天候かつ昼夜問わず撮像可能
  • ELINT(電子情報収集): 艦艇のレーダー放射などの電波を傍受し、発信源の位置を特定する

衛星のカウント方法

遥感衛星のカウントで注意すべき点として、Yaogan XXという名前は必ずしも1基の衛星を指すわけではなく、シリーズ(コンステレーション)を表します。その中にバッチという単位が存在し、さらにELINTやマルチINT衛星ではトリプレットと呼ばれるA/B/Cの3基編隊で構成されます。3基が数十kmの間隔で三角形の隊形を組み、TDOA(到達時間差)法で電波源の位置を三角測量する方式で、米国のNOSS(海軍広域海上監視システム)と同様の設計思想です。遥感のELINTは基本的にこの形態をとり、全体の半分以上がこれに該当します。後の分析では、このトリプレットを一つとしてカウントする場合もあります。


分析

ここからは具体的に分析の再現を行っていきます。記事に記載されている情報から、以下の2ステップに分けて追証しました。

  • Phase 1: マヌーバ検出による稼働衛星の特定
  • Phase 2: 軌道伝播による通過頻度の算出

データソース

衛星軌道の分析では、基本的にSpace-Trackのデータおよびそこから派生した提供データを利用します。

Space-Trackは、アメリカ宇宙コマンド(U.S. Space Command)が提供する宇宙状況認識(SSA)データの公式共有プラットフォームで、アメリカ宇宙軍 第18宇宙防衛飛行隊(18 SDS)が運用しています。無料でアカウント登録でき、REST APIを通じて全軌道上物体のTLE(二行軌道要素)やGP(General Perturbations)データにアクセスできます。最大の特徴は過去の軌道データを提供していることで、1億3,800万件以上の過去の軌道要素にアクセスできます。今回はこれを使って各衛星の過去3年分の軌道長半径の時系列を取得し、マヌーバ検出に利用しました。

CelesTrakは、T.S. Kelso博士が運営する非営利サイトで、Space-Trackのデータを登録不要で再配信しています。2時間ごとに更新されており、最新の軌道状態を手軽に確認できます。ただしCelesTrakは最新データのみの提供で、過去の履歴にはアクセスできません。今回はCelesTrakから「YAOGAN」で検索して遥感衛星の最新TLEを取得し、デブリを除外した上で分析対象としました。このTLEをSkyfieldに読み込ませSGP4モデルで軌道伝播することで、指定地点から衛星が見える通過イベントの予測に使いました。

Phase 1: マヌーバ検出による稼働衛星の特定

軌道に投入された衛星すべてが機能し稼働しているわけではありません。記事中では「2025年12月時点で確認された約160基の遥感のうち、高度を修正したとみられる動きが過去3年間にあったものを稼働中とみなし、約80基を抽出した。」とあるように、まずは稼働の有無を軌道データから特定する必要があります。

ここでは、マヌーバ(軌道修正噴射)の有無で稼働判定しています。衛星は大気抵抗で徐々に高度が下がるため、稼働中の衛星は高度を維持するために定期的にスラスタを噴射します。この噴射の痕跡を軌道データから検出するわけです。

検出手法

TLEの時系列からマヌーバを検出する手法は宇宙状況監視(SSA)の分野で研究されています。本分析ではMWCF法(Moving Window Curve Fit)を採用しました。各TLE更新時点を境に、過去側と未来側でそれぞれ独立にトレンド線を引き、両者の食い違いからマヌーバを検出する手法です(Kelecy et al., 2007; Patera, 2008)。

検出結果

今回の分析では165基中96基が稼働と判定されました。報道の「約80基」との差は、閾値の違いによるものと思われます。検出に使う閾値 (軌道長半径の変化量の最低ライン) を変えると以下のように変化します。

閾値 (km) 稼働基数
0.5 96
1.0 91
1.5 89
2.0 86

報道の「約80基」に最も近いのは2.0kmの86基でした。概ね近い検証結果になったのではないでしょうか。

今回の方法はTLEの軌道データからのマヌーバ検出のみで判定していますが、報道や政府発表などの情報と組み合わせることで、より正確な稼働状況の把握が可能になると思われます。


Phase 2: 軌道伝播による通過頻度の算出

稼働中の衛星が特定できたところで、それらの衛星軌道を計算するとともに任意の地点の通過頻度を算出していきます。

手法

Pythonの天文計算ライブラリ Skyfieldfind_events() を使い、指定地点から衛星が一定の仰角以上に見える回数(通過数)を計算しました。仰角(Elevation)は地平線からの角度で、10°なら空のかなり低い位置、90°なら真上(天頂)です。また、ELINT衛星はA/B/Cの3基トリプレットで編隊を組んでおり、5分以内に相次いで通過するA/B/Cは1回の通過としてカウントするトリプレットマージを行いました。観測地点は報道で取り上げられている横須賀基地周辺としました。

仰角感度分析 — 報道値「60回/日」はどの仰角に対応するか

さて、報道の分析を再現する上で一つ重要なパラメータがあります。衛星の通過頻度は、上空通過をどの仰角以上と定義するかで大きく変わります。つまり、任意の地点からみてどれくらいの仰角に入れば「上空を通過した」と言えるかということです。そこで稼働86基を対象に、仰角を10°から80°まで変化させて横須賀での1日あたりのパス数を計算しました。

仰角 日平均通過数
10° 340回
30° 221回
45° 162回
60° 123回
80° 59回

仰角と日平均通過数の関係

報道の「横須賀で1日約60回」に最も近いのは仰角80°(59回/日)でした。仰角80°はほぼ天頂を通過するパスのみに相当します。仰角10°(地平線すれすれまで含む)では340回と、実に5倍以上の差が出ます。

横須賀の通過頻度

仰角80°・稼働86基の条件で、横須賀について7日間の計算を行いました。6日間のデータでは日平均58.8回、通過間隔の中央値14.8分、最大同時通過4基でした。

報道値との比較と詳細分析

各主張の検証結果をまとめると以下のようになります。

主張 一致度 記事 本分析 備考
約160基 ~160 165 3ヶ月の新規打ち上げ差
約80基稼働 ~80 86 閾値2.0kmで86基
約10分間隔 ⚠️ ~10分 14.8分 仰角80°条件。86基→80基に減らせばさらに開く
横須賀60回/日 ~60 58.8 (80°) 仰角80°、6日平均
4基同時 4基 4基 完全一致

これらの結果から、概ね一致しているということが言えると思います。その上で、ここからはより細かく分析結果を理解していきたいと思います。

分析1:センサ種別の内訳

横須賀を通過する衛星を、搭載センサの種別ごとに分類しました。条件は、仰角80°、6日間のデータです。なお、unknownは搭載センサの種別を断定できなかった衛星(遥感37号・遥感43号系列)です。

センサ種別 パス数 ユニーク衛星数 全体割合 日平均
SAR 33 9 9.3% 5.5回
光学 5 4 1.4% 0.8回
ELINT 235 45 66.6% 39.2回
unknown 80 16 22.7% 13.3回
合計 353 74 100% 58.8回

センサ種別ごとの日平均通過数

注目すべきは、通過の約3分の2がELINT衛星であるという点です。これはELINTが大規模トリプレット編隊で運用されており、軌道面の数が多いため横須賀の天頂を頻繁に通過するためです。一方、画像撮像を行う光学衛星は1日わずか0.8回、SAR衛星も5.5回/日にとどまります。

横須賀における1日のセンサ別通過タイムライン

1日のタイムラインを見ると、ELINTが24時間を通じてほぼ均等にカバーしている一方、SAR衛星や光学衛星は散発的であることがわかります。「10分に1回」の通過頻度を支えているのは主にELINT衛星群ですが、ELINT衛星は受動的なセンサであり、艦艇のレーダー放射などの電波を傍受して発信源の位置を推定するものです。画像のような具体的な情報は得られず、対艦弾道ミサイル(ASBM)のキルチェーンにおいてはSAR衛星や光学衛星に先立つ広域捜索の役割を担うとされています。高頻度通過の大半は、直接的な画像偵察ではなく広域の電波環境を継続的に監視するためのものと理解するのが適切です。

分析2:仰角80°の意味とセンサ別の実用仰角による再評価

報道値の60回/日を再現するには仰角80°が必要でしたが、これは「ほぼ天頂を通過するパスのみ」を意味します。高度500kmの衛星の場合、仰角80°は直下点が基地から約82km以内を通過するケースに相当します。しかし実際には、センサの種別によって有効な仰角範囲が異なり、仰角80°という基準は各センサの実用範囲と一致しません。

  • SAR衛星は側方視(サイドルッキング)レーダーであるため、天頂方向(仰角80-90°)では原理的に撮像不可能です。直下(ナディア)方向では左右の地物が重なる「左右曖昧性」が発生するためです。TerraSAR-XやCOSMO-SkyMedなど主要SAR衛星の運用入射角は20°-55°(仰角で30°-70°)です
  • 光学衛星はナディア方向の撮像が可能で、オフナディア30°(仰角60°以上)が高品質、45°まで(仰角45°以上)が使用可能です。軍用衛星は±45°のアジャイル指向が可能とされており、仰角80°以上は撮像可能範囲のごく一部にすぎません

このセンサ別の実効仰角レンジでフィルタした「撮像能力パス」と、仰角80°の「幾何的頭上通過パス」をSAR衛星および光学衛星について比較しました。

センサ 幾何的(80°) 日平均 撮像能力 日平均 倍率
SAR 5.5回 15.7回 ×2.9
光学 0.8回 9.8回 ×12.3

SARの撮像能力パスは幾何的80°パスの約3倍(5.5→15.7回/日)になります。SARの実際の撮像範囲は仰角30-70°であり、仰角80°の天頂付近はむしろ撮像不可能な領域です。つまり「仰角80°でSARが通過した」としても、その通過ではSARによる撮像は行われていません。逆に、仰角50°で通過するSARパスは撮像可能ですが、仰角80°の定義ではカウントされません。

光学衛星はさらに顕著で、仰角30°以上まで撮像範囲を広げると約12倍に増加します。先ほど結果に出した仰角80°での0.8回/日という数字は、光学衛星の実際の撮像機会を大幅に過小評価していると言えます。

これらの光学/SARに加えて、ELINT(10-90°)とunknown(10-90°)もセンサ別の実用仰角でフィルタしたタイムラインが以下です。先ほどの仰角80°一律のタイムラインと比べると、ELINT・unknownのパス数が大幅に増えていることがわかります(unknownはセンサ種別が未確定のため参考程度)。

横須賀における撮像能力ベースの通過タイムライン


まとめ

今回はSpace-TrackやCelesTrakの公開データを使い、読売新聞の報道を追証してみました。

  • 衛星数: 165基(報道の「約160基」とほぼ一致)
  • 稼働衛星数: マヌーバ検出(閾値2.0km)で86基(報道の「約80基」に近い)
  • 横須賀の日平均通過数: 仰角80°で58.8回/日(報道の「約60回」に近い)
  • 最大同時通過: 4基(報道と完全一致)
  • 通過間隔: 仰角80°で中央値14.8分(報道の「約10分」よりやや長い)

以上のことから、報道の数値は概ね再現することはできました。その上で、この報道が意味するところを分析観点で考えてみます。

まず、「1日60回」の通過のうち約3分の2はELINT衛星です。ELINT衛星は受動的に電波を傍受するセンサであり、画像撮像を行う光学衛星やSAR衛星の通過はそれぞれ0.8回/日・5.5回/日にとどまります。「上空通過」の意味合いはセンサ種別によって大きく異なります。

また、仰角80°という通過を分析に使用したパラメータとすると、これは幾何学的にほぼ真上を通る頻度であり、各センサが実際に機能する仰角範囲とは一致しません。センサの実用仰角で再評価すると、SARの撮像可能パスは15.7回/日、光学は9.8回/日となります。

以上のことから、報道の「60回/日」という数字そのものは、センサ種別や実用仰角を考慮しない幾何的な通過頻度であり、そのまま監視能力を表すものではありません。一方で、中国が遥感衛星を含めた宇宙分野に注力しており、光学衛星やSAR衛星が日本上空をある程度の頻度で通過しているという事実はあります。

これが多いか少ないかの判断は単純ではありません。参考までに、商用の光学衛星コンステレーションではPlanet社のSkySat(15基、50cm分解能)が最大12回/日、Vantor社(旧Maxar)のWorldView Legion(10基、30cm分解能)が最大15回/日の再訪が可能です。今回分析した範囲で言えば遥感の光学衛星が実用仰角で9.8回/日であることを考えると、商用コンステレーションと同等かやや下回る水準であり、突出した頻度とは言えません。また、どの程度の時間的・地理的分解能があれば監視能力として十分かは、軍事運用の文脈に依存する問題であり、このあたりの評価は専門家の判断に委ねたいところです。